秋・旬「蕎麦」

秋は楽しい食材がいっぱいあり楽しいです。
秋が無いと困りますが、飽きないですね=秋無い(オジンギャク・・)
そば粉の産地は北海道、長野県、続いて茨城県となっています。

福井県でそばの畑を見た事がありますが、畑一面に白い花が咲いて
綺麗な風景でした。
ちなみにそば1人前作るのにどれだけ畑の面積が必要かわかりますか?
だいたい一反40kgのそばの実が採れたとして、
畳2枚分土地で1位人前のそばが出来る計算です。
大体ですよ大体。
お米は畳2枚分で約茶碗80杯分と考えると効率はあまり良いと
言えませんね。
大体ですよ大体。

昔、信州では「そばの自慢は御里が知れる」と言ったそうです。
意味は「そばが取れると自慢することは、米がろくに採れない
土地だという事をさらけ出すことと同じ。だからそばの
自慢は自慢にならない。」と言われたそうです。
そばを栽培していた所は米が採れないやせた土地も
多くあったようです。
でもそばは粉にすればお水でとくだけで
食べれたので非常食、常備食として重宝されました。
またそばは収穫が早く年貢の対象ではなかったので、
二毛作で麻とソバを作り、麻を売って現金を稼ぎ
ソバを食料に当てていました。年貢いらずです!
また環境にも強いので飢饉の備えにもなったようです。

年齢を重ねるにつれ蕎麦を食べる頻度が多くなってきました。ましてや子供の頃には親がにしん蕎麦を食べているのを見て(何が美味しいのか・・)わかりませんでした。ところが今はにしん蕎麦が2番目に好きです。(一番は鴨蕎麦)
年齢を重ねることによって食の好みも変わって来ることがあります。
これも歳をとる楽しみですね!にしん蕎麦は京都の松葉が有名です。
江戸時代に大阪港に北海道の松葉から昆布と一緒に送られてきて
蕎麦と出会いました。

関西では、蕎麦屋でお酒を飲む習慣はあまりありませんよね?
しかし関東では江戸時代からこの習慣はありました。
昔は注文を聞いてから蕎麦を打って、湯がいていたので出来上がるまで
時間がかかりまし他ので、板わさ、だし巻き卵、焼き海苔をつまみながら
蕎麦ができるのを待っていたんですね。
それにしても「蕎麦ができるまでにお酒」という概念はどうしてできたのでしょうか。
やはり仕掛け人がいました。
当時はお酒といえば田楽(こんにゃくや豆腐に味噌を塗ったもの)で
それをある酒屋が人気のあった蕎麦に目をつけお酒と一緒に提供したのが始まりです。

私は本場で食べてみたくて東京神田の「やぶ蕎麦」に行きました。
板わさ、出汁巻だけではなく、蕎麦ずし、合鴨焼、穴子焼きなどお酒に合う酒肴ばかり
つい、蕎麦屋ということを忘れてしまいそうです。
焼き海苔は、木箱に入って出てきて、フタを開けると上には焼き海苔
下には火のついた炭が入っていました。湿気らないようにとの計らいです。
こういうところに江戸っ子の粋が感じられます。

いよいよ蕎麦です。蕎麦が出てくると、お蕎麦の上からお酒を少量振りかけます。
これは以前に勝新太郎が行なっていた食べ方で、蕎麦を食べる時のお酒の香りが
食をそそります。
関西の蕎麦の出汁は薄めの甘めで蕎麦を全部つけて食べますが、関東の蕎麦は
出汁に蕎麦を全部つけると辛いので3/1ほどつけて一気に蕎麦をすすります。

最後の楽しみは「蕎麦湯」
蕎麦の出汁は鰹節、味醂、醤油など昔は高価な調味料でしたので、この旨いツユを
最後の一滴まで何とか飲めないかと思ったお客さんが「おやじ、ちょいとこのつゆ薄める湯をくんねぇ」「ああ、湯はないが、目の前の釜に蕎麦湯ならあるぜ」。そんなやりとりがあったんじゃないでしょうか。健康にいいからという認識はあくまで後づけですね!

いやあ、この上ない満足で蕎麦屋を後にしました。

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